2022年7月発行

鈴木 茂晴さん × 仲道 郁代さん

日本の証券業界を長年リードしてきた鈴木茂晴さん。日本を代表するピアニスト・仲道郁代さん。共にリビエラと親交のあるおふたりです。このおふたりが、昨秋、この春と立て続けに、大きな顕彰を受けられたことは報道等でもご承知のとおり。リビエラリゾートが日本の独占販売代理店を務め、最も優雅で安全なヨットとして世界中のヨットマンを魅了するNautor's Swan。その最新鋭モデルSWAN58である『艇名“Qualia RIVIERA”』の進水式にご臨席いただいたおふたりに、お話を伺いました。

インタビュー:渡邊華子

日本証券業協会前会長
大和証券グループ本社名誉顧問

鈴木茂晴

Suzuki Shigeharu

大和証券グループ本社名誉顧問。1947年、京都市生まれ。そしてマリンライフとの出会い慶應義塾大学経済学部卒業。1971年、大和證券入社。2004年、大和証券グループ本社取締役兼代表執行役社長CEO、大和証券代表取締役社長。2011年、同会長。2017年、日本証券業協会会長。2021年、同職を勇退して現職。2022年、春の叙勲で旭日大綬章を受章。

ピアニスト

仲道郁代

Nakamichi Ikuyo

日本で最も求められ続けているピアニストの一人。2018年に開始された10年に及ぶ「The Road to 2027リサイタル・シリーズ」は全国で好評を博し、2021年秋に行われた当シリーズの公演は、令和3年度文化庁芸術祭「大賞」を受賞。社会的な活動にも関心が高く、2018年には自身が代表となる一般社団法人音楽がヒラク未来を設立。これまでの活動が評価され、令和3年度文化庁長官表彰を受けた。一般財団法人地域創造理事、桐朋学園大学教授、大阪音楽大学特任教授。

ご縁の深いおふたりの顕彰を祝して

― 鈴木さんは、この春の叙勲で経済界を代表して「旭日大綬章」受章の栄に浴されました。
そして仲道さんは、昨年秋の「文化庁長官表彰」「文化庁芸術祭大賞」をダブル受賞。
日頃から深いご縁をいただいているおふたりが、立て続けに最高の栄誉を受けられたことは、私たちリビエラにとっても嬉しいニュースでした。本当におめでとうございます。

業界120年の歴史とすべての仲間を代表して

― 鈴木さんはこの度の受章に先駆け、日本証券業協会会長を勇退されました。現在は大和証券グループ本社の名誉顧問をお務めです。

鈴木: 私が勤めた大和証券は、今年、創業120年。過去の先輩たちが一生懸命、営々と積み重ねてきたことの先に、今の私があるわけです。そして、この120年の歴史は、日本の証券業の歴史とそのまま重なっています。
この度の受章は、私個人というよりも、証券業界で一生懸命働いている皆さんを代表して頂戴したものだと思っています。

― 高度経済成長期にキャリアをスタートさせて、生き馬の目を抜く証券・金融の世界で若年のころから頭角を表した鈴木さんですが、その一方、音楽、釣り、ゴルフ、テニス、クルージング……と趣味の分野でも玄人はだしで有名ですね。

鈴木: モーレツ社員が美徳とされた時代ですから、私も馬車馬みたいに働いてきました。仕事も面白かったし。
どんなに面白い仕事でも、それだけをがむしゃらにやっているのでは、ストレスが溜まってつぶれてしまう。モーレツに働いたら、たっぷり遊んでストレスを解消し、働くエネルギーを回復しなければ。

― 大和証券の社長時代は、「19時までに退社する」という思い切った施策で、ワークライフバランスの改善に取り組まれたとか。

鈴木: 証券業界の中では、ずば抜けて早かったから、現場からは反発の声もあがったものです。
夜8時以降でなければ会ってくれないと言うお客様もいるのに、社長はわれわれに働くなと言いたいのか!!― と。彼らにしてみれば、それは大真面目な訴えだったでしょう。
でも、夜8時に客先を訪ねて、帰社してから資料づくりを始めたら、どうしたって午前サマです。そんな毎日が続いたら、本人は頑張って長時間働いたつもりでも、能動的に働けている時間は決して長くなかったりする。
どうすれば勤務時間内にお客様にアプローチできるのか。いかにして自分たちの仕事の生産性を高めていくか。みんなで試行錯誤してほしいと求めました。"業界の常識"を疑って取り組んでほしいと。

― そうした努力の成果は、女性管理職比率をはじめ大和証券グループの先進的風土に反映されています。

鈴木: 女性が働きやすい職場は、男性にだって働きやすいはずですから。
生産性の高い働き方をしてプライベートな時間を確保し、楽しいことをしたり、学びたいことを学んだりすることが、面白い仕事を長く続けていく力の源泉になる。私はそう信じていました。

鈴木 茂晴さん

楽しみが見つからない人こそリビエラのクラブがオススメ

鈴木: ただ、その"楽しいこと"を見つけることに、苦労してしまうタイプの人も少なくありません。

― 仕事一辺倒で邁進してきた人ほど、そうかもしれません。

鈴木: 私は若い頃からたくさんの趣味を持ち、週末や早朝の時間を精一杯楽しんできたつもりです。
それでもリビエラリゾートクラブの会員にしていただいて、船の楽しみに気づかせてもらったことは大きかったと思っています。
組織の中でのポジションが上がれば上がるほど、責任は大きくなっていくわけです。
それに、地位のある人ほど、実は組織の中では孤独です。えこひいきと言われかねないから、若い社員とメシを食べにいくのも構えてしまったりする。といって、仕事ばっかりだったら、会社の外には友達もいない……。
だから私は、ある程度の地位まできて、経済的な余裕ができた人こそ、リビエラのようなクラブをお勧めしているんですよ。

― 鈴木さんのお言葉は、組織で働く現役世代のエグゼクティブ層へのエールですね。
タイプの違ういろいろな船に乗せてもらうだけでも多くの発見があり、そして人との出会いもある。知らなかった"楽しいこと"が見つかるから。

むしろ小さく、その分、より丁寧に

仲道: 文化庁長官表彰は、音楽家としての実績だけでなく、35年にわたる私の活動をご覧いただいたうえで、「長い間、よく頑張ってきたね」と言っていただけたのではないかと思っています。
小さな街々での演奏会や、アウトリーチ(出張支援)活動、被災地の小学校での活動。地道な活動ひとつひとつの積み重ねに、光を当てていただけたように感じて、とても嬉しかった。
一方の芸術祭大賞は、昨秋に東京文化会館で開催したソロリサイタル『幻想曲の模様』での成果が授賞対象。演奏家としての"今の仲道郁代"をご評価いただいたことで、大いに励みになりました。

― 文化庁長官表彰の対象となった"地道な活動"のひとつに、仲道さんが代表理事を務める「一般社団法人 音楽がヒラク未来」があります。
リビエラも事務局として関わっているこの法人には、鈴木さんも、理事として名を連ねておられます。

仲道: 鈴木さんにも、またリビエラにも支えていただいている"音楽を広める活動"です。
ただ"広める"という言葉を使うと、一般的には「大きくする」イメージだと思いますが、「音楽がヒラク未来」は、むしろ小さく、そして丁寧に伝えていくことを志向してきました。
活動の柱は、宮城県七ヶ浜町に暮らす小学6年生へのプログラムと、新潟県長岡市での音楽を学ぶ若者たちへの啓蒙プログラムの2つ。
七ヶ浜町での活動は東日本大震災をきっかけに始めたものですが「音楽がヒラク未来」の活動として継続することができています。

―「音楽がヒラク未来」の活動には、ただ単に"子どもたちを音楽に親しませる"あるいは"未来の演奏家を育てる"ということ以上の意義があると、リビエラは共感しています。

仲道: 私が持っているスキルや知識を共有するということよりも、音楽をすることが社会の中でどういう意味を持つのか、音楽を通じて自分がどんな行いをなしていくのか……ということを、一緒に考える場であったらと思っています。
音楽は「音を楽しむ」と書きますが、"楽しみ"にはいろいろなレイヤー(階層)があるわけです。
そのいちばん深いところで音楽を享受することで広がる人生、豊かさがあるならば、それを丁寧に開いていく活動をしたい。そう考えています。

仲道 郁代さん

文化庁長官表彰式の仲道郁代氏

仲道 郁代さん

宮城県七ヶ浜町、松ヶ浜小学校でのアウトリーチ(2019年)

社会的な成功と人生で成功することは別物

― それぞれの分野で頂点に立たれたおふたりの、今後に向けた心構え、次のステップに臨む意気込みをお聞かせください。

鈴木: 私は75歳。ビジネスの第一線からは、いちおう身を引きました。それでも、人と会って何かをするとき、また違う世界が開けるのかな?という期待を常に持っています。
これまでも、そういう姿勢でやってきました。この生き方は変えたくありません。
つくづく思うのは、"社会的に成功すること"と"人生で成功すること"は、別物だということ。私は人生で成功する方を選びたい。どんなに出世したって、家庭や友人関係がボロボロだったら、人生うまくいったとはいえない。
社長になったころ、「出世のコツは?」とよく尋ねられたものですが、私は「運」と答えていました。
運というものは、必ず他人様が運んできてくれるもの。だから、人とのめぐり逢いを大切にしてきたし、これからも大いに期待しているんです。自分と全然違う感覚の人に興味がすごくあります。

コロナ禍で生まれた対話が
音楽理解をより深くした

― コロナ禍はまだ収まらず、ウクライナでは悲しい出来事が続いています。こうした世の中の状況を、おふたりはどうご覧になっていますか?

仲道: 法人の取り組みもコンサートなどの音楽活動その他、コロナ禍以前に予定していたことが、すべて何らかの影響を受けました。
人と直接対面できず、さまざまな模索をするうちに、音楽界の在り方自体も変わりました。でもそれが社会における音楽の意味を、改めて問い直すきっかけにもなりました。
「音楽がヒラク未来」では、小さく丁寧に……その分、より深く掘り下げて、「何を思ったか、どう感じたか」という"対話"を重視するプログラムを行っています。

― 音楽を聴くだけ、演奏するだけでなく、感想を述べ合ったり、作曲者の気持ちを考えたり、ということでしょうか?

仲道: その音楽について対話することで、子どもたちの受け止め方が「美しい曲だった」「すごい演奏だった」といった表面的なことから、その音楽から導かれる思い出とか、家族や友達との人間関係といった、それぞれの"思い"をシェアできる場になったように感じています。こうしたことを、これからも大切にしていきたい。

― 仲道さんのコンサートに伺うと、同じ曲目でも毎回違う何かを感じます。聴く側のそのときどきの心の在り方によるのだと思うのですが、仲道さんご自身も、違う何かを感じながら演奏されているのでしょうか?

仲道: 何十年も繰り返し弾いてきた曲でも、そのときどきで捉え方は変わります。

たとえばショパンの作品なら、今はどうしてもウクライナの状況のことを思ってしまいますよね。ショパンの在世当時は、彼の故郷ポーランドが似た状況にあったわけですから。つまり今、ショパンの曲が伝えるのは、200年前の悲しみではなく、今を生きる私たちにとってリアリティのあるメッセージということになる。
音楽は感情や感覚を扱っていますから、演奏者のそのときどきに受けた感情・感覚がすべて音楽の中に反映されて、それを聴くお客様ひとりひとりの状況や経験などによって、受け止め方が広がっていくものです。
もちろん、場所や環境の影響も大きい。年に一度、温泉に入りながら海が見えたら幸せと思う程度だった私が、リビエラとの出会いによって、自然の光を浴びるとか、海の音を聞く、風を感じるとか、その中で感じて思うことの豊かさというものを教えていただいた。その影響は大きかったと思っています。

鈴木: 海から"陸を見る"というのはリッチな体験ですよね。
私は若いころ鎌倉の支店に勤務し、逗子に住んでいました。憧れのビーチ生活……ではあったけれど、海辺で暮らすというのは実は困難もある。それなのに、海は人の心を誘う。不思議なものです。

― 海には、面倒で難しい側面があります。しかし、そういう中で気が晴れたり、風を感じたり、その一瞬がものすごく尊い。人生そのものに似ています。

努力を続けることそれが人生の醍醐味

― 鈴木さんはカントリーミュージックの演奏者としても、学生時代からご経験をお持ちですね。「音楽がヒラク未来」理事としてだけでなく、演奏家としてのご計画などは?

鈴木: 私の演奏はおじさんの学芸会みたいなもので、ちっともうまくはないけれど、うまくなろうと努力していることが重要だと思っています。
練習する時間が取れないと言い訳をしがちですが、本当に好きなことなら、少し早起きすれば、時間なんていくらでもひねり出せるはず。上手くなろうと努力している時間が幸せですね。

仲道: 私たちプロの演奏家もまったく同じ。うまくなろうと努力することが大事。
それを子どものころからずっと続けてきて今日があるわけで、そうしていること自体が、私が生きている意味、人生になっています。
音楽を続けていられることが幸せ。この先々も音楽を続けて、心を寄せる方々と良い時間を過ごして、自然に親しみ、たまには美味しい食事をいただいて、そして大好きになった船にも乗って……そんな日々を過ごせる場所こそユートピアだな、幸せだなと思っています。

SWAN58進水式

「Qualia RIVIERA」(SWAN58)の進水式にて(左:鈴木茂晴氏・中:仲道郁代氏・右:オーナー渡邊曻)

鈴木茂晴氏

リビエラ逗子マリーナで演奏する鈴木茂晴氏(右)


X ポスト facebookシェア LINEで送る