完遂。栄誉。大いなる学び。
されど、いまだ道半ば。

2021年6月発行

シナーラ

リビエラが総力を結集して2015年から取り組んできた歴史的木造帆船「シナーラ」のレストア・プロジェクトは、2020年3月に進水。以来、海に浮かべながらレストア作業を続け、シナーラは相模湾を舞台として、リビエラ社員で結成したシナーラ・クルーチームによるセールトレーニングを続けています。この6年を超えるプロジェクトの歩みを振り返ります。

設計図さえなかった
100年に一度の挑戦

「メイド・イン・ジャパン―それは残された〝最後の一艇〟。ニコルソンの巨大帆船が還ってきた。シナーラの復活は、日本の壮挙だ」
権威あるイギリスの帆船専門誌『Classic Boat』最新刊(2021年6月号)の誌面に躍る見出しです。
プレジャーボートの歴史そのものが終戦以降である日本とは異なり、十五世紀の大航海時代以来の伝統を持つヨーロッパでは、クラシックボートを大切に扱い、レストア(修復)して乗り継いでいくことが、いわば歴史に根ざした〝文化〟です。
とはいえ、潮風と陽光にさらされ波浪に洗われる木造船が、長寿を保つのは稀有なこと。1927年初進水のシナーラと同程度の艇齢を持つ帆船は、今の時点で、全世界に30艇ほどしか残っていないといわれています。
シナーラのレストア・プロジェクトでマスターシップライト(棟梁)を務めた英国のベテラン船大工ポール・ハービーは言います。「シナーラと同等のクラシックヨットのレストアに関わる機会は、生涯に一度あれば幸運だ」
レストアの可能性を残す〝最後の一艇〟と目され、本場ヨーロッパでは「長く所在が掴めていない」とまでいわれたシナーラ。それが生まれ故郷を遠く離れ、欧州ヨット界にはあまり情報流通のなかった日本のリビエラシーボニアマリーナに現存し浮かんでいたこと、かつまた、リビエラが万難を排して日本での完全レストアに挑戦したことに、日本のみならず世界のクラシックボートに関わる人々が賛嘆の声を届けてくれたのは、こうした事情があります。
しかし、賛嘆と同時に「日本で本当にできるのか?」と懐疑する識者・愛好家が少なからずいたことも無理からぬことではありました。なにしろ、リビエラがレストアプロジェクトを立ち上げたときはおろか、作業が始まってしばらくしても、シナーラの設計図さえなかったのですから。

オリジナルへの究極のこだわり

私たちは目の前にあるシナーラと徹底的に向き合うことで、構造を解析し、設計図を起こしてレストアをやり抜くつもりでいました。実際、傷んだ船体のパーツひとつひとつを丁寧に取り外し、それらに番号をつけながら精密に記録。そして、現物をもとに一から図面を作成していきました。この解析で、創建時の設計図には表されていない細部へのこだわりを、いくつも再発見しています。
後に、創建当時の設計図が英王立グリニッジ博物館に保管されていることがわかり、私たちのプロジェクトは大きく前進しました。
シナーラの初代オーナーであるロイヤル・テムズヨットクラブのH・G・ナットマンは「世界最高最良の木造帆船をつくる」との信念を持ち、チーク材をはじめとする資材の吟味から始めて、造船に十数年の歳月をかけたといわれています。シナーラが〝海の貴婦人〟の名をほしいままにしたことの背景には、当時世界トップクラスと言われたチャールズ・ニコルソン氏による設計とキャンパー&ニコルソンズ造船所(1979年より順次閉鎖)の卓越した造船技術と並び、造船主の資材へのこだわりがあったことはいうまでもありません。
100年先を見越していたかのようなこのこだわりは、〝持続可能〟を謳う今日のSDGsの理念を先取りしています。
解析・検証の結果、船体外板のチークは92%など、建造当時に選び抜かれた資材は、かなりの割合でリユースできることがわかりました。傷んだ箇所のみ新しい木材に置き換え、現代の技術で補修し丁寧に磨き上げる。約100年前の建造当時がそのまま残っている希少なシナーラのオリジナルにこだわった究極の復元です。
1926年開業のリビエラカントリークラブをフラッグシップとして、古き良きモノを大切に磨き上げる理念を持つ私たちにとって、人の目につかない細部にまでこだわりが込められた先人の思いを未来へと伝え残すことが、このプロジェクトの主題でした。

シナーラ

こだわりは国も文化も超える

日本には優れた木造建築の伝統技術があり、最先端の船舶技術もあります。しかしながら、100年前のクラシックボートとなると、話は別。歴史的に、西洋式の木造帆船を造る技術の蓄積がなく、シナーラのレストアを託せる造船所や職人が国内には存在しないことがわかっていました。
たとえば、シナーラを生んだヨーロッパに移送すれば、技術者や資材調達の確保は容易だったかもしれません。が、それでは、日本に技術は残りません。
そのノウハウを日本に伝承するために、今回のレストアは母港のリビエラシーボニアマリーナで行うことに意義がある―この冒険とも思えるリビエラの決断に志を立て、世界12か国から集まったのが、木造帆船に豊富な経験を持つ50人の船大工や職人たちです。彼らは数年がかりのプロジェクトのために故郷を離れ、三浦に居を移しました。中には家族を伴ってきた者もいます。
船造りはチームワーク。通常は単一の造船所が引き受けて、気心知れた職人たちが、阿吽の呼吸でする仕事といえます。しかしシナーラのプロジェクトは、各国からその時その時必要となる技術を持つ船大工が集まる混成チーム。船大工たちはお互いを知らない仲だったわけです。彼らに共通していたのは「シナーラ級のクラシックヨットなら、ぜひ携わりたい」という職人魂だけ。「顔も名前も知らない職人たちが、Mr.WATANABEの情熱的なオファーに心惹かれて集まった。国籍も言葉も違うけれど、技量を認め合い、互いに尊敬し合えた僕らはすぐに打ち解けた。そして、同じレストアのプロとして、シナーラと出会えた奇跡に全員が感動し、家族同然のような絆が生まれた」(ポール棟梁談・以下同) 同じモチベーションを持ち、同じ奇跡を信じる職人に国境などないということでしょう。
「Mr. WATANABEは毎週のようにドックにやって来ては嬉しそうに船を眺め、職人たちの声に耳を傾けた。この船を建造した100年前の人々のこだわりを大事に、そして、現代のあなたたち自身もこだわり尽くしてほしい。そのためにリビエラにできることはすべてやるし、何年かかっても必ず完成させる覚悟だ、とも。職人としてこれほど嬉しいことはない。私たちも必ずやり抜くと誓った。Mr.WATANABEのロマンが皆を動かした。専門の造船所ではなく、勝手のわからない日本で、当初は資材調達先から何から何まで苦労したが、リビエラのスタッフとも連携したことで、穏やかな入り江の小網代湾と富士山を目の前にした美しいマリーナで仕事に打ち込むことができて、感謝している。私たちはチーム・シナーラであり、リビエラの家族なのだ」
リビエラシーボニアマリーナの特設ドックには、本場のレストア技術獲得のため、少人数ながら日本人の職人も参加しました。「日本人職人は、船造りは初めて。技術伝承はプロジェクトの主要目的の一つだから、ベンやチャックと、当初は教える態度で彼らに接した。だが、工程が進むうちに誤りだったと気づいた。真面目な日本人ならではの正確な作業に、ヨーロッパの職人も教えられた」
職人相互の信頼感に満ち、和気あいあいとした特設ドックでは、ヨーロッパから日本への技術伝承だけでなく、本場の職人同士も学び合い、互いの技術を習得し合っていました。まさに国際協働プロジェクトならではのエピソードです。

シナーラ
シナーラ
シナーラ
シナーラ
シナーラ

『ゼロからの挑戦』は
レストアもクルーも

シナーラのレストアという悲願が成就した今、次のステップとして真っ先に注力したのが、現役のリビエラ社員から抜擢したチーム・シナーラのクルーの確立です。2020年3月に再進水を果たして以来、シナーラは社員クルーによるセールトレーニングを、相模湾で繰り返しています。弊社代表の渡邊曻もほぼ毎週乗り込み、陣頭指揮を続けています。
シナーラの往時をご記憶の方が大勢います。同様に、少年の日にシナーラの姿を目の当たりにしたことで、船の世界に足を踏み入れた現役のリビエラ社員がいます。現在キャプテンとしてシナーラの舵を取る横川哲もその一人。「どんな形でもいい、いつかシナーラに関わることができたらと、夢を抱き入社したわけですが、本当にシナーラの舵を握る日が来るとは……感無量です」(横川談・以下同)
ふだん駆っている新鋭艇とは勝手が違うシナーラの操船に苦心しながら、横川たちクルーは、メンテナンス技術の伝承も受けています。テストセーリングでトライ&エラーを重ねながら、さらに調整。職人たちがよみがえらせた100年前の船体を磨き上げ、息を吹き込むのがクルーです。
「渡邊を交えたトレーニングとミーティングを重ねるたびに、クルーの顔つきや心構えが変わってきているのを実感しています。渡邊が絶えず口にする『ゼロからの挑戦』という言葉の意味を噛み締めながら、スキルと人間力を高めていきたいと思っています」

シナーラ
シナーラ
シナーラ
シナーラ

受賞の栄に浴す
それに留まることなく

前号の本誌でもお伝えしたとおり、シナーラは、英国「ClassicBoat」誌主催の「クラシックボートアワード2021」において、「帆船レストア・オブ・ザ・イヤー(over 40ft)」受賞の栄に浴しました。アワードの詳細を報じた同誌6月号は早くも完売。雑誌には異例の重版が決定したとのこと。
SDGsの盛り上がりに象徴されるとおり、古き良きモノを大切に磨き上げ、後世に伝え残すことは、全世界的な共通認識。このテーマを創業以来掲げてきたリビエラは、シナーラに留まらず、一層の努力を続けてまいります。

Classic Boat

表紙を飾り、巻頭ページに特集が組まれた
英国『Classic Boat』誌 6月号


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