2021年10月発行

丸山茂 服部道子

リビエラにとって関わりの深いもうひとつの五輪種目・ゴルフ。2028年のロサンゼルス五輪では、フラッグシップのリビエラカントリークラブ(RCC)が競技会場に。RCC が今大会の会場・霞ヶ関カンツリー倶楽部(霞ヶ関CC)コースメンテナンスの研鑽の場として協力してきたこともあり、日本開催のトーナメントにリビエラは熱い視線を注いできました。日本代表チームのコーチを務められたレジェンドプレーヤーのおふたりと旧友でもあるリビエラグループ代表・渡邊曻が、TOKYO2020ゴルフ競技のお話を伺います。

インタビュー:渡邊華子

TOKYO2020 ゴルフ競技日本代表チーム 監督

丸山茂樹

Maruyama Shigeki

1969年生まれ。プロゴルファー。日本大学在学中に日本学生ゴルフ選手権で優勝。大卒後プロ入りし、今までに日本男子10勝、米国PGA男子3勝。2002年、世界ゴルフ選手権「EMCワールドカップ」
チーム優勝。2016年リオ五輪、2020年東京五輪で、ゴルフ日本代表チーム監督。日本ゴルフツアー機構相談役。財団法人丸山茂樹ジュニアファンデーション代表理事。

女子コーチ

服部道子

Hattori Michiko

1968年生まれ。元プロゴルファー。解説者。当時最年少の15歳9ヶ月で日本女子アマ優勝、翌年、全米女子アマで当時史上最年少、日本人として初優勝。テキサス大に留学して国際経営学の学位取得。帰国後、プロテストにトップ合格。日本女子18勝。賞金女王。2020年東京五輪で、日本代表チーム女子コーチ。著書「好転力」2021年7月発行。

稲見選手の銀メダル    
メダルに迫った松山選手

渡邊: まずは、女子代表・稲見萌寧選手の銀メダル獲得、おめでとうございます!
日本の五輪ゴルフ競技では、男女を通じて初のメダリストになられました。銅メダルを争った松山英樹選手の奮闘にも胸を熱くしました。コロナ感染を克服したばかりで体調万全とはいえない中での戦いは、全国民を勇気づけたと思います。

丸山: このコロナ禍では、密にならないスポーツということで、ゴルフが大いに見直されています。そうした中での松山選手の奮戦が、ブームに追い風を吹かせた。そこへ稲見選手の快挙です。病後の松山選手が国民の注目を集めるだけ集め、最後は稲見選手がすべてをさらっていった感じ(笑)だけれど、それも彼女の運の強さ。

服部: 稲見選手の集中力は見事でした。男子の決勝ラウンドでは大事なところでカラスの鳴き声があがり、松山選手の集中を乱した場面がありました。「えーっ、このタイミングで!」という感じでしたね。

丸山: そういう不思議なことも含めて、メダルを獲る人というのは、実力プラスαで何かを持っているんでしょうね。

丸山: 稲見選手の場合、松山選手が厄払いをしたのかも……。3位プレーオフの15番で松山選手のメダル獲得を確信した僕は、すっかりワクワクした気分になってしまって、監督としてのコメントを考えたりしながら、一瞬目を離し水を取りに行ってしまったんです。それがいけなかった。最後まで「外すな!入れ!」と念じながら、パットを見届けていなければならなかったのに。松山選手にプラスの運を呼び込めなかったのは僕の責任かもしれませんね。(笑)

渡邊: いやいや、仮にそういう人智の及ばざることが松山選手ほどの天才に起こってしまったのだとしても、それはむしろ、ゴルフの面白さ、奥深さでは?

技術指導より雰囲気づくり

渡邊: コロナ禍で厳しい入場制限が敷かれた大会だったわけですが、競技開催中、代表コーチの方々はどこにいて、どんな活動をされたのですか?

丸山: 僕らがコースに出るのはOKだったので、ルールに則って選手のラウンドに同行しました。松山選手のメダルがかかった男子戦最終日も、最初の4ホールだけは星野陸也選手に付き添いました。星野選手は調子を崩していたから、朝のパッティング練習では気づいたことをアドバイスもして。

服部: ゴルフの場合、五輪代表選手はプロですから、代表コーチの役割は細かい技術指導ではありません。オリンピックという特殊な状況の中で、選手に本来の実力を発揮してもらうための環境整備や雰囲気づくりが大事。 稲見選手の場合はキャディーを務めた専属コーチと「五輪本番はハードスケジュールだし気温も高いから、我々の方で意識して練習量をセーブし休息もしっかりとっていこう」と話し合いました。また、国際試合の経験が多くない彼女とはゴルフ場外のバブル内で話せる機会をつくって、たわいない会話でリラックスする時間を大切にしてもらいました。 一方、今や世界の上位ランカーに成長している畑岡奈紗選手に対しては、思い通りに調整させてあげたかったのと、彼女のルーティンを崩したくもなかったのでアドバイスを控えました。しかし、世間の期待を一身に集めて重圧を感じていた畑岡選手には、もっとリラックスできるよう配慮すべきだったと反省しています。

丸山: 畑岡選手はずっとナンバーワンでした。世間が〝結果〟に期待するのは当たり前。でも、ゴルフに絶対なんてありえません。狙ったタイトルは必ず獲ったかのようなタイガー・ウッズだって、やる前から勝つと決まった絶対王者などではないわけです。 普段はゴルフに興味がない人も、報道で結果を知れば「稲見選手おめでとう、松山選手惜しかった」と言ってくれます。それがオリンピックというもの。 でも、ゴルフが好きで真剣に試合を観たファンは、スコアや順位という結果だけでなく、試合運びと選手の取り組み、姿勢を評価して「奥深いすごいプレーだった」と言ってくれる。選手はそれを目指すべきで、今回の代表4人はこの点で実に素晴らしかった。国民注視のプレッシャーの中でも弱音を吐かず、猛暑に耐えて練習にも熱心だった。そういう姿勢がファンにも熱く伝わったのではないでしょうか。

チームで戦う個人競技

渡邊: 会期中、代表コーチとして苦労されたことは?

丸山: 何もありません! 僕は朝から夕方6時までずっと会場にいて「スーパーボランティア丸ちゃんです」なんて名乗って、ただただワクワクしてました。

服部: 丸山さんは総合監督。女子選手たちにも目配り気配りをされて、苦労がなかったはずはありません。明るい雰囲気づくりに心を砕かれたわけですが、それだけでなく、霞ヶ関CCの深いラフに苦しんでいた畑岡選手に絶妙なタイミングでアドバイスなさったりもして。 日本チームの男女合同練習を提案したのも丸山さんでした。

服部道子

丸山: そうそう。それぞれが試合に向けた最終調整で忙しい局面でしたが、練習日の2日目に、思い切って1回だけ男女合同練習をやりましたね。こんなことができるのはオリンピックだけだから。

服部: 男女合同練習は、特に畑岡選手には大きな刺激材料になったようでした。

渡邊: そうしたことで、日本代表チームとしての一体感が生まれたわけですね? でも、五輪ゴルフ競技は、あくまで個人種目。選手たちはチームメートである前に、勝利を競うライバルです。コーチとしてのおふたりが一体感づくりにそこまで腐心されたのはなぜ?

丸山: 重要なご指摘ですね。 前回のリオ五輪でのことです。男子代表の選手2人は、結果としてメダルにからむ活躍ができなかった。そうなるとギャラリーもプレスもいなくなって、せっかくバーディを取っても拍手はまばら。どんどんモチベーションが下がっていったんです。何より当人たちには国の期待に応えられなかったという悔いがあるから、そのキツさは、ふだんのツアーとは比較にならないわけですよ。 これはマズいと、僕はひとりで大声をあげて応援を続けました。選手たちは、かえって迷惑に思っていたかもしれません。でも後日、2人からそれぞれ「あの声援のおかげでホールアウトできた」と丁寧なメールが届いたんです。オリンピックという国を背負った大舞台では、チームとして戦っているという精神的な支えが大事。

服部: 男子戦最終日の後、男女の選手が顔を合わせたとき、いちばん悔しい思いをしているはずの松山選手が、これから試合に臨む女子代表の2人に「僕の仇をとってきてくれ」と、吹っ切れたような笑顔で言われたそうです。それには「松山選手の強い魂が心に響いた」と話していました。

丸山: 僕は試合の後、松山選手と星野選手には「東京で代表に選ばれたことを誇りに次をめざそう」とだけ言いました。2人とも切り替えは早かったと思います。事実、松山選手は翌週のアメリカのプレーオフで2位になりました。

服部: 畑岡選手も「切り替えは難しいけれど、全英に向けてがんばります」と連絡をくれました。この苦しい経験が彼女を強くしてくれると確信しています。(実際この後の米ツアー・アーカンソーで優勝)

渡邊: ふだんは孤独な戦いを続けているプロゴルファーが、オリンピックではコーチに率いられてチームで戦い、熱い思いを仲間に託せる。それがオリンピックならではの良さなんですね。

丸山: その意味でも、五輪ゴルフ競技では団体戦を採用するべきだと、僕は提案しているんです。 個人戦2組ずつだけだと、コーチやスタッフの関与が、どちらかの選手に偏ってしまいがち。ファンもそれぞれの贔屓選手をばらばらに応援することになります。 せっかくの五輪競技なら、選手チームで戦う個人競技もコーチもファンも一致団結できるほうがいい。

服部: ゴルフを知らない人にも、〝国対国〟の団体戦なら、より関心を持ってもらいやすそうです。 また、レギュラーツアー優先で過密日程の中、五輪に消極的な男子トッププロにも、モチベーションを与えるかもしれません。

渡邊: ゴルフでは男女混合は難しいですか? 今大会では卓球の水谷・伊藤ペアが金メダルを獲って大いに盛り上がりましたが。丸山 ゴルフの場合、男女混合はちょっと難しいかも。男女ではティーボックスの位置が異なるし、打球の飛び方が違うのでテレビ中継の面で大変。〝観せる競技〟としては課題があります。団体戦は男女別々が現実的でしょう。

渡邊: テレビ中継の都合まで考えておられるとは……さすが!

丸山茂 服部道子

私も出たいなあ~
過去形ではないホンネ

渡邊: おふたりもJAPANのロゴが入った代表ユニフォームを着て戦った経験をお持ちです。

丸山: 僕は大学生のころにアジア大会の代表に選ばれて、表彰台で君が代を聞いています。あの高揚感が忘れられなくて、以来、他に何があっても代表入りにこだわってきました。今もそうですよ。

服部: 私もジュニアのころから代表チームに入って、試合などで様々な国に行きました。でも五輪の競技としてはゴルフは無関係、五輪はテレビ観戦するものだと思っていました。 なのに、リオでゴルフが112年ぶりに五輪復帰して、その次がなんと東京で、しかも自分が間近で接することができるなんて! こんな幸せなことはありません。

渡邊: 五輪出場に消極的な一流選手もいるというお話がありましたが、おふたりはいかがですか?

丸山: そういう考え方のプロ選手を僕は否定しません。プロなんだから人それぞれです。でも、僕自身は代表入りを断ったことは一度もない。だって、国の看板を背負えるチャンスは、数えるほどもないんだから。

服部: 私は、目標を定めて一気に駆け上がっていきたいタイプの選手でした。目の前にもし五輪があったら、絶対にターゲットにしていたと思います。四年に一度の五輪はやっぱり格別ですもの。 稲見選手、畑岡選手に寄り添いながら、実は思っていました。私も五輪出たかったなあ~って。

丸山: 僕も出場したかった!

渡邊: 私も見たかったな~(笑)

ゴルフコーススタッフへの
リスペクト

渡邊: 7年後のロサンゼルス五輪ゴルフ競技会場には、リビエラカントリークラブ(RCC)が予定されています。今大会の会場だった霞ヶ関CCのグリーンキーパー・東海林護さんは、かつてRCCの育成プログラムで、コースメンテナンスの研鑽を積まれた方。今大会を前にRCCでは、霞ヶ関CCスタッフ8名を受け入れ、世界水準のメンテナンスをサポートしました。

丸山: 霞ヶ関CCのグリーンは、最良といえる仕上がりでしたね。
日本らしい繊細さが随所に見られて実に美しかった。「これではミスをしてもコースのせいにできない」と松山選手も言っていました。

服部: 女子戦は男子戦最終日から中2日でのスタートだったから、暑さもあってコンディションを整えるのが大変なのではと心配していたのです。ところが男子戦のときよりさらにコンディションが上がって、メンテナンスのみなさんの努力に頭が下がる思いがしました。

渡邊: 霞ヶ関CCのみなさんが聞いたら喜ぶでしょうね。

丸山: 僕はPGAでの経験を通じて、アメリカのゴルフ場スタッフが、どれほどのホスピタリティをもって選手と試合づくりに貢献し、その恩恵を受けた選手たちから、どれほどリスペクトされているかを目の当たりにしました。
日本のゴルフファンも、ゴルフ場の人たちも、アメリカの状況を知らない。知らないから変わらない。
自国開催の五輪競技をきっかけに、日本のゴルフ界の風土が変わり始める……そう願っています。

渡邊: まったく同感。2028年のロス五輪にも、その思いで挑んでいきたいです。

丸山茂 服部道子

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