2020年夏に向けて、本格レストア進行中

2019年9月発行
写真/文 矢部洋一

シナーラ

船体の基本をなす構造材が新しく替えられ、外板も張られて形が整い、美しい曲線を取り戻したシナーラ。

名艇シナーラの修復プロジェクトは2015年2月に始動し、2017年1月22日に船を上架、作業が開始されて以来もうすぐ3度目の秋を迎えます。リビエラグループの新たな海のフラッグシップとなるシナーラは、ヨーロッパの伝統的造船技術を受け継ぐ名工たちの手によって、着々とその往年の美しい姿を甦らせています。2020年の東京五輪に向けて、リビエラシーボニアマリーナ特設ドックでの修復作業はますます熱気を帯びて進んでいます。

チークの外板

見事に張りあげられたチークの外板。外板の保存状態は良く、9割以上はオリジナルの材を利用して張ることが出来た。

船殻

2019年8月。船内後方から前方を見る。船殻(せんかく)の内部構造がよく分かる。水のタンクが据えられ、その上に床を支える梁が組まれた。

志を形に。シナーラ修復
工事のこれまでと現在

シナーラ修復プロジェクトは、欧州や米国から招聘された一流の船大工と専門技術者たちを中心に、木工に携わる日本の若い有能な職人たちを加えて、日々進められています。
シナーラの進水年は1927年ですから、船齢は今年で92年、8年後には栄えある100歳超えの時を迎えます。縁あって日本に浮かぶこの貴重な、歴史ある英国製大型木造帆船を受け継いだリビエラグループは、「50年後、100年後にもシナーラが美しい姿を留めて海を駆けられるように」との思いを持って、このプロジェクトに取り組んでいます。
大型クラシックヨットの本格レストア(修復)という国内では例のない、前代未聞の挑戦に情熱を傾ける9か国30人を超える技術者たちのチームを率いるのは、シナーラと同じ英国出身のベテラン船大工、ポール・ハーベイとベンジャミン・ホッブスの二人です。
ハーベイ氏はレストアという作業の難しさのひとつを次のように語ります。
「レストアを始めるにあたって船を最初に見たとき、建造から90年も経過したシナーラの船体はやはり老朽化が進み、ずいぶんと傷んでいました。船全体の形にも歪みが出ていた。船上に立てば、それは見た目にも明らかでした。マストは曲がってニスも剥げ落ちてました。しかし同時に船は驚くほどよく維持されていました」。
それはリビエラのスピリッツである“古き良きものを大切に磨き上げて未来に残す”ため、日々思いを込めてシナーラを磨いてきたからこそでしょう。修復すれば甦らせることの出来るオリジナルの艤装品や部材は多く、丁寧に取り外されました。シナーラ全体で8割弱も建造当時のオリジナルを残せる稀なプロジェクトになることは嬉しい発見でした。
ハーベイ氏は続けます。
「中でもチーク材の外板(プランク)は9割近くが修復によって十分に救え、再使用出来ると分かりました。しかし一方ではこのレストアが非常に大きな仕事になるだろうということも明らかでした。レストアの難しさのひとつは、船を実際に解体するまで、どんな作業が本当に必要になるのかが明らかにならないことにあります。何を救い生かすことが出来るか、何を捨てて新しいものに替えなくてはいけないのか、私たちは修復作業の進行と共に常にその判断に見直しを求められます。日々予想外の現実に向き合い解決策を求められるのが私たちの日常と言えます。」
シナーラ修復チームは、プロジェクトを率いる会長の渡邊氏と共にファミリーのように一体となってこの困難な仕事に取り組んでいます。
シナーラの修復作業は、船体、マストと艤装、エンジンや発電機などの機械類、そして内装の4つの分野に大きく分けられます。現在までの作業として、船体についてはフレームやビームなどの構造材のほとんどを新たに造り替え、全体の形の歪みを補正して整え、外板もすべて貼り終えて、もともとの美しい形を取り戻しました。エンジンや各種タンクの据え付けも終えて、今年(2019年)の夏にはデッキを張る作業が始められました。マストについては、強度があり軽く美しい木製マストを製作することで知られる、英国のノーブルマスト社に発注をしていたマスト類が、夏前にリビエラシーボニアマリーナに到着し、艤装を担当する外国人職人チームも合流して、来年マストを立てる時のために準備を進めています。木の内装材は、ほとんどの部分で建造当時のオリジナルの部材を使うことが出来るため、ひとつひとつに入念な修復、再生作業が続けられています。
一方、プロジェクトの進捗は、欧米のクラシックヨット界で大きな注目を集めています。シナーラの歴史とつながりの深い英国ロイヤルヨットスコードロンの元コモドア、デイビッド・エイシャー氏は、これまでの作業の様子を風の便りに耳にして、「見事なレストアをされていると聞いています。敬意をもって脱帽します」と語っています。

シナーラの外観

2019年8月。シナーラの外観、船首下から後方を臨む。船殻外部は入念に磨かれて平滑にされ、下地塗装が施された。

シナーラ修復チーム

2019年8月8日。リビエラ会長渡邊氏を囲むシナーラ修復チーム。チームを束ねるのは、ポール・ハーベイ(右端)とベンジャミン・ホッブス(渡邊の右)。左端はプロジェクト・マネージャー(渡邊の代理人)でこれまでに名だたるクラシックヨットの修復を数多く手がけてきたレストア専門家、ファーガス・ブライアン。

Topp & Co.

イングランド北部ヨークの郊外にあるTopp & Co.。

Topp & Co.
フレーム下部

レストア前のフレーム下部。V字型の鉄材がフロアと呼ばれる補強材。

補強材

レストア後のフレーム下部と新たに造ったフロア(補強材)の列。

シナーラ修復プロジェクトを
支える海外の名工

伝統の古鉄を扱う世界屈指の鍛冶

Topp & Co.(英国)

次の50年後、100年後にもこの美しい「海の貴婦人シナーラ」が次世代に受け継がれていって欲しい、そのために出来る限り質の高いレストアをしたいというリビエラ会長・渡邊氏のこのプロジェクトの思いは、日本では手に入れることの出来ない部材の調達にも表れています。
シナーラには、木製の構造材を補強するために、フロア(floor)やニー(knee)と呼ばれる鉄製の部材が数多く用いられています。これらに用いられている鉄は、ロートアイアンあるいはリアルアイアンと呼ばれている20世紀以前に作られていた今では貴重な鉄です。当時の鉄の生産工程では現代のそれと異なって、鉄成分の中に不純物が紛れ込んだそうです。しかしこの不純物のおかげで、ロートアイアンは耐腐食性に優れ、何も加工しなくても数百年保つという特質を持っていました。そのために、昔から船用材や建築材として重宝されてきました。しかしこのような鉄を作る会社はもうありません。ですが、この古い鉄を沈船などから回収して再生し、その加工技術を現代に受け継いでいるTopp & Co.という会社が英国に唯一あります。リビエラは、この会社に、ロートアイアンで作られたシナーラの補強部材をすべて送り、型を取ってもらい、この鉄で新たに同じ部材を作ってもらいました。代用の合金で済ませるのではなく、オリジナル通りにロートアイアンを使う。こうした一つ一つの選択が、レストアプロジェクトにおけるリビエラグループのメッセージでもあります。

中空木造マスト製造のリーディングカンパニー

Noble Masts(英国)

シナーラのマストはレストア開始前、既に寿命を迎えていました。そのため、メインマスト、ミズンマスト、ブーム、ガフ、バウスプリットなど、総称してスパー類と言いますが、これらはすべて新造する必要がありました。木製のマストを造る会社は欧州、米国にいくつかありますが、リビエラが選んだのは、英国ブリストルにあるNoble Mastsという会社でした。
この会社の創業者は、友人が発案した革新的な中空マストの製作法のアイデアを買い、実際の製品として売り出しました。8本の材を8角形に組んで中空のマストを造るという目からうろこのアイデアでした。ノーブルマストのノーブルとはこの発案者に敬意を表して、つけられた名前です。8角形に材を組むことによって接着面積もより大きく確保できるため、構造的にも強度においてもとても優れていました。その出来の良さは口コミでたちまち広まり、ノーブルマスト社は世界に知られるようになりました。現在は、創業者の息子が同社を引き継いで、質の高い木製マストを造り続けています。
シナーラのスパー類は、今年4月に同社でほぼ完成し、木箱に収められて船積みされ、6月リビエラシーボニアマリーナに到着しました。美しくニス塗りされたノーブルマストのスパーには、このあとさらに何層もニス塗りが繰り返され、艤装が施されていきます。シナーラにこのマストが立つ日が今から楽しみです。

ノーブルマストの工場

英国ブリストルの運河に浮かぶ艀舟がノーブルマストの工場。左は社主のウェスリー・マッサム氏。

シナーラ のメインマスト

シーボニアの作業テントに収められたノーブルマスト社製のシナーラのメインマスト。

マストの構造

ノーブルマスト社による中空マストの構造。


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