2018年9月発行

「セーリング」とは、「帆の表面に流れる風によって生じる揚力を動力として水上を滑走する競技」の総称。キャビンを保たないディンギーも、キャビンを持つクルーザーも、そしてウインドサーフィンも、「セーリング」です。日本セーリング連盟は、多彩なカテゴリーを持つセーリング競技の統括団体。その現会長を務める河野博文さんは、セーリング競技のみならず、2020年東京オリンピック/パラリンピックの招致にも尽力された、国内スポーツ界のリーダーのひとりです。

日本セーリング連盟会長

河野 博文

KAWANO HIROBUMI

1946年東京都生まれ。東京大学経済学部卒業後、旧通商産業省(現経済産業省)に入省。資源エネルギー庁石油部長、基礎産業局長など要職を経て、資源エネルギー庁長官に就任。東大ではヨット部に所属し、主にディンギーレースに出場。国際レースにもチャレンジした。大学卒業後も、母校ヨット部のコーチや監督を引き受けるなど、スポーツセーリングの発展・普及に貢献。日本セーリング連盟では副会長を経て現職。

ヨットとの出会い
キャンパスで勧誘されて

―― 河野会長には、帆船「シナーラ」の着工式や上棟式にもご臨席いただき、温かいお言葉を頂戴しました。

河野: シナーラは私にとっても思い出深い、リビエラシーボニアマリーナの近くに家を持っていますので、窓辺から、いつもシナーラのマストを眺めていました。営業航海していたころは、デッキで会食したこともあります。ところが、あるときマストが見えなくなった。台風が近づいたら危ないので、マストを倒さざるを得なかったんですね。マストのないヨットは本当に可哀そうなんです。
マリーナ職員のみなさんが、労わるようにゆっくり船体をポンドに移動させる様子も見ていました。だから、レストアのお話を伺ったときは、その英断に心から感動しました。
私自身が好んで乗ってきたのは、1人乗りのディンギーです。でも、シナーラの優雅さ、美しさは、やっぱり憧れですよ。

―― 河野会長がセーリングを始めたきっかけは?

河野: 大学に入ったとき、ヨット部に勧誘されたんです。今の五輪クラスの競技者は、たいていジュニアクラブに入って年少のころから始めるものですが、私たちのころは、そういうクラブなんてなかった。高校の部活動で始める人は少しいたかな。
まったくの未経験で入ったヨット部は、勝負にこだわって、きつい練習を積み重ねる体育会系。でも、勝負がモチベーションになって、どっぷりヨットにつかった4年間でした。
競技を通じて他大学にも仲間がたくさんできましたが、50年を経た今日、セーリング連盟を運営しているのは、そのときの仲間たちです。

まずは海への親しみ
競技人口拡大はそのあと

―― 2020年の東京五輪では、セーリング競技に有望選手が増えてきました。俄然、注目が集まり、ヨット人口が急拡大する期待もあります。

河野: セーリングに限らず、国内で五輪を開催できるのは、大きな意味のあること。わが国では、少子化の進行に伴って、スポーツ人口全般の減少が続いていました。ところが、最近それに歯止めがかかってきた。東日本大震災のダメージで、存続の危機に陥っていた東北大学のヨット部が、部員増に転じたと聞きました。五輪招致成功の影響でしょう。これを契機に船を楽しむ人が増えたら嬉しい限りです。
でも、船に乗ることは、海の楽しみの一部。マリンスポーツ/マリンレジャーは多彩です。
今の日本では、一昔前に比べて海で遊ぶ若者が少なくなったといわれます。国内で開かれる五輪セーリング競技が、多くの人にとって、海に親しむきっかけになれば……。まずは、そこからです。
その意味で、リビエラさんの行っている日本海洋アカデミーを通じた〝海人口を増やす活動〟にも期待しています。

人が育つことこそ、
五輪の〝レガシー〟

河野: 五輪というと選手の活躍にばかり目がいきがちですが、国内開催で力をつけるのは、選手だけではありません。五輪とその前哨戦となる各種国際大会を国内開催することによって、大会運営のノウハウが蓄積されていきます。セーリング競技の場合、1つの国際大会を運営するのに、何百人ものスタッフが必要。これだけの人々が、運営のプロとして経験を積めるのは国内開催だからこそ。
相模湾がセーリングの聖地といわれるようになったのも、前回東京五輪の〝レガシー〟として江の島ヨットハーバーができてから。今大会を成功させるために、裏舞台として、リビエラさんとそのメンバーさんに江の島に艇置している艇を預かっていただくことをお願いしたい。
セーリング競技は〝観るスポーツ〟としては、不利な面があります。岸辺からでは、勝負の展開がわかりづらいからです。でも、最近では、ドローンを用いた空撮や、デジタルを駆使したデータ連携が開発されて、競技を中継するメディアがこれら最新技術を駆使し、手に汗握る駆け引きの妙を楽しんでもらえるようになりました。
〝レガシー〟は会場施設だけではありません。ノウハウを備えた〝人的レガシー〟が大事。

―― 観て楽しむ層が増えることも〝レガシー〟ですね?

河野: そうは言いつつ、大学1年でヨットレースにハマった私としては、観るだけじゃなくて、ぜひ一度、船に乗ってみてほしいです。風を受けて波間を疾走してみたら、必ず競争したくなるはず。それは人間の本能なんじゃないのかな?


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