2019年6月発行

出井 伸之

ソニーでグローバル戦略の舵取りを担った後、自ら起業。若手リーダーの育成やイノベーション提言に取り組む傍ら、国内外の上場企業の社外役員やアドバイザーも務め、各種の社会活動にも尽力。そして「新しいことが増える一方」と語る趣味の数々……。その活力の背景にあるものを伺いました。

クオンタムリープ株式会社 代表取締役 CEO
元ソニー 会長兼CEO

出井 伸之

IDEI NOBUYUKI

1937(昭和12)年東京生まれ。早稲田大学政経学部を卒業後、ソニー入社。10年近くに及ぶ欧州駐在を経て、事業部長などを歴任。1995(平成7)年、代表取締役社長に就任。同社初の新卒生え抜きトップとなった。会長兼CEO職を退いた翌年の2006(平成18)年、クオンタムリープ株式会社を創業。現職。

理屈を超えて降ってくる感動

―― 音楽、ゴルフ、マリンレジャー……と、さまざまな分野に精通しておられます。

出井: 精通だなんてとんでもない。多趣味なだけです。ただ、一度始めたことは表も裏も知り抜きたいと思う性分ではありますね。物事にはいろいろな側面があるわけで、そのどれもが面白い。映画でもゴルフでも何でもそうでしょう?
子どもの頃にバイオリンを習ったんですが、弾くのと聴くのでは違いますよね。僕はどちらも大好き。ピアノは聴くばかりで自分では弾きませんが、全日本ピアノ指導者協会の会長を仰せつかったので、楽しく務めています。
ここ2〜3年は書を学んでいます。この年齢にして初学ですが、一生徒として真剣にやっている。
それとフランス語の勉強。パリやジュネーブに長く駐在したので、ビジネス会話はそこそこですが、カルチャーや歴史的背景を学びながら上品でしっかりとしたフランス語を話したいと、フランス人の先生に習い、シャンソンを聴いて歌詞を書き取る練習もしています。
書き取りをすると、歌詞の裏側の意味に「あっ!」と気付くことがあるんです。「桜桃の赤」と歌っているが、これはドイツとの戦いで撃たれた血の跡のことだ……とか。
この突然の気付きが面白い。

とことんやるから
真の魅力を味わえる

出井: 昔から山や森が好きで、余暇といえば軽井沢で過ごすことが多いのですが、リビエラとのお付き合いを通して、海の楽しさも知りました。海の上では〝クオリア〟を感じる体験をしました。
クオリアとは脳科学の言葉で、ごく簡単にいうと、理屈を超えて突然降ってくる感動のこと。大自然の絶景を目の当たりにしたときの〝あの感じ〟がクオリアです。
僕にとってクオリアはとても大切なこと。人生のキーワードですね。
リビエラで船に乗せてもらうだけでは真の魅力は味わえないと思ったので、一念発起して二級船舶の免許を取りました。ロープの結び方も帆の揚げ降ろしもずいぶん練習したものです。一通り自力でできるようになったら、セーリングが前よりもっと楽しくなった。
何をやっても「やり抜く」とか「表も裏も知りたい」などと言っているから、一向に暇ができません。

上:クオリアを感じた瞬間
左下:出井氏 書
右下:リビエラシーボニアマリーナにて

2004年ごろパリにて

認めてもらえるまで10年かかった

―― ご本業や多彩なご趣味と並行して「美しい森林づくり全国推進会議」代表もお務めです。

出井: 日本の森を見守る活動です。日本中の森を巡っています。
ソニーを卒業したら、逆のことをしようと思っていました。最近やっと森を守る活動をしている人たちから〝仲間扱い〟してもらえるようになってきた気がします。始めてから10年ほどかかったかな。

――息の長い取り組み。頭が下がります。

出井: 自然との向き合いですから、じっくりやるのは当然のこと。
森を育てる活動といえば、よく知られているのが全国植樹祭ですが、天皇皇后両陛下がお手植えされた木を、全国育樹祭で各地を回りながら皇太子ご夫妻が育った木をお手入れされるわけです。

アイマスクは必需品
15分間の快眠術

――次々に新たなことを見つけて、とことん取り組む。それが若さと元気の秘訣でしょうか?

出井: さあ、どうでしょう? ただ、忙しくしていると、寝る時間は少なくても平気ですね。
ソニーはグローバル企業だから、24時間、世界のどこかが稼働しているわけです。そういう組織のトップをやっていると、何かあれば、いつでも容赦なく電話がかかってくる。決まった時刻に寝起きする習慣がなくなって、仕事と仕事の隙間にアイマスクをつけて目をつぶれば事足りる体質になった。今もそう。アイマスクで光を遮れば、頭に流れ込んでくる雑多な情報も遮断できます。15分くらいずつ、こまめに眠ればスッキリ。
早朝の沖に出るのも、これと似ている。海面を跳ぶトビウオの群れに気付いてエンジンを停める。その瞬間に訪れる静寂。えも言われぬこの感覚……クオリアです。

若手との語り合いがいちばん面白い

―― 公私にわたる活動に優先順位をつけるとしたら?

出井: 昔からやっていることも、新しく始めたことも、やりたくてやっていることばかりだから、順位なんかつけられませんよ。
それでも、あえて言うなら……若いベンチャー起業家たちと、取り留めなくディスカッションを続けるのが、今はとても面白いかな。

――それは、クオンタムリープ社でのお仕事ですね?

出井: そうですね。しかし、すべてが仕事とは限りません。
相手は僕との議論にビジネスのヒントを期待しているでしょう。だから彼らは自分の事業の話をするわけですが、それは彼らのビジネスであって僕のではないから、僕自身は議論に答えを求めていません。
気概に満ちた人たちと、ただ延々と語り続けるのが心地良い。刺激を受けるし、新たな気付きもある。これもまたクオリアです。
事業規模の大小は関係ない。どれも素晴らしくて、実に面白い。

損得では計れない価値が大事

出井: クオリアというのは、そもそも損得では計れない価値観です。例えばブランド好きの人がお目当てのバッグを手に入れたときの〝ワクワクする感じ〟もある意味クオリアですが、このとき損得勘定なんて二の次のはず。
ビジネスではコスト計算は不可欠です。といって、楽しむことや好きなことにまで計算を持ち込みすぎるのは、いかがなものか。
平成時代の30年を通じて、経済や産業の面では、日本社会は確かに厳しかった。そして、これからの時代は、アジアの国々がもっと台頭してくるわけです。
しかし、日本は急成長の現場アジアの中にある。アジア各国の人々は、先に発展して伝統文化の重みもある日本を「いい国だ」と思って、たくさん来てくれているわけでしょう?
僕に言わせれば、今の日本人はくよくよしすぎです。

大いに期待できる令和の時代

出井: これからの日本人は、自分が好きで得意なこと、やればきっと面白い、感動できると思うことを、一人ひとりが見極めて、やっていくべき。周囲の国が「いいね」と思ってくれていることなら、なおいいですね。
クオンタムリープで進めている活動もそうですが、若い人たちが、日本を変えようとする意欲を目の当たりにし、これから始まる令和の新時代に、僕は大いに期待を感じています。

出井 伸之

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