2023年2月発行

原井日鳳 猊下

今回のゲストは、日本仏教界のトップリーダーのおひとり。法華宗(本門流)第138代管長・第79代光長寺貫首の原井日鳳猊下です。由緒あるお寺に生まれながら、商船会社で営業を経験。仏門に入り、現在は環境保全や被災地支援にも取り組むなどバイタリティあふれる御前様。実はリビエラとも深い縁で結ばれている猊下に、たっぷり語っていただきました。

インタビュー:渡邊華子

法華宗大本山「光長寺」貫首

原井日鳳

Harai Nippou

はらいにっぽう:自坊は沼津・青野山妙泉寺。1944年11月21日生。早稲田大学卒。
東京船舶株式会社勤務を経て、1972年より妙泉寺住職。2018年より第79代光長寺貫首就任、現在に至る。
(1997~2001年・2005~2009年 宗務総長。2019~2021年 法華宗第138代管長。2020~2022年第34期全日本仏教会副会長。)

木を切ることは"発展"なのか?

― 御前様は、宗門全体を束ねるお立場、また由緒あるお寺のご住職を務めるのと並行して、長年、環境問題にも取り組まれています。

日鳳: 「光こうちょうじ長寺」は、法華宗の四大本山の一つで、静岡県沼津市で宗祖直伝の750年に及ぶ歴史があります。そして、私の自坊「妙泉寺」も沼津市で緑に囲まれた土地柄。そういう場所で"開発""経済発展"というと、まず木を切り、建物を建てるところから話が始まるわけです。
木は目の前にたくさんあるから、気軽に利用したくなります。大きく育った木は材木にしか見えなくなるし、逆に、野放図に生い茂った葉は、畑に日陰を作る農業生産の邪魔者。
しかし、1時間程で切り倒せてしまう大木は、そこまで育つには100年単位の歳月がかかります。
開発とは、人間が自然に介入する行為です。私たちは、それを"発展"と捉えて、"破壊"の側面には長く目をつぶってきました。その結果、日本は昨年のCOP27でも、国際的にも不名誉な「化石賞※」を与えられてしまった。この不名誉受賞は3年連続。国際社会は「もう待ったなし」と日本に厳しい目を向けているのです。
私たちは破壊を止めるために、開発の意味を見直す勇気を持たなければなりません。手遅れになる時期は、すぐそこまで来ています。

民間企業での経験
“俗世”を見てきたことが財産

― 御前様は、環境保全に関する講演会や各種シンポジウムでも、積極的にご発言です。

日鳳: そうなんですが、40年近くやってきて、最近は少し違った思いもあります。会場に呼ばれてお話をすると、その場では手応えがあるのです。「素晴らしいお話を聞いた」「いい講演だった」と言っていただける。でも、その後が続きません。そうだと思ってくださった人々には、そこで終わるのではなく、ただちに行動してもらいたいと切に願っています。

― 辛辣なお言葉ですが、それはやはり、民間企業での勤務経験を持つご経歴と関係ありますか?

日鳳: そうかもしれませんね。私は寺の子ですが、家父長制が残る時代の次男。家を継ぐ立場ではなかった私は、仏門とは異なる世界で生きたいと志して、早大では商学部に進みました。アメリカの海運政策を研究テーマに合理的なモノの考え方と実践の在り方を学び、志願して商船会社に就職しました。
貿易が盛んな当時のこと、営業マンとして土日もなく働いたものです。そんな矢先、祖父と父が相次いで倒れ、世を去ったのです。
すると教員になっていた兄が、大阪で勤務していた私を訪ねてきて「寺で育った者として、このまま見過すことはできない。僧侶に向いているのはお前のほうだ。寺を継げ」と言い出した。驚天動地、数週間悩みに悩みましたが、このままではいけないと方向転換することを決心。30歳手前で法華宗学林という僧侶の学校に入り直しました。
一般的な寺の跡継ぎは、中学高校を出ると、ストレートに僧侶の学校に進み、仏道修行を始めるものです。実社会に出たことのある私は「こいつは俗世にまみれたヤツだから」と他の人より厳しく指導されたのは事実です。でも、仏門だけではない幅広い世の中…厳しい世間を見てきた経験が、私の財産になっていることも、また事実ですね。

― 商船会社では多くの外国船と関わられたと伺っています。異なる国の人々との関係で培われたグローバルな視点が、現在の環境問題への取り組みにもつながっているのでしょうか?

日鳳: "環境"と一口に言っても、捉え方は各国それぞれ、また、人それぞれ。一人一人、考えていることは違います。世界と接する仕事に就いた経験で、それぞれの考え方の背景までも含めて配慮することが身についたと思っています。それが、環境問題に目が向いた根底かもしれませんね。
世界、特に欧州は環境に対して先進的かつ用意周到です。
その意味で、欧州に根付いた環境認証であり、最も厳しいといわれる世界最古の国際環境認証「ブルーフラッグ」を、日本企業が取得するのは遠い先だと思っていました。

― 御前様は、以前からブルーフラッグをご存じだったのですね?

日鳳: もちろんです。いわゆる"SDGsウォッシュ"も多い中、地に足のついた実践で日本のSDGsムーブメントを先導するリビエラの取り組みに、私はかねて興味を持っていました。
そんな折、リビエラ逗子マリーナのブルーフラッグ取得をニュースで知り、心底感動したのです。リビエラの意識と行動力に、企業としての真剣さを確認しました。

― 私たちリビエラがサステナビリティを重んじるのは必然です。
以前お越しいただいた池袋のリビエラ東京は、料亭「白雲閣」開業から73周年ですが、1980年ごろから、料亭らしく食を通じた地方創成に取り組んできました。
また、マリーナ事業を開始した2001年には、気候変動への危機感から環境保全活動もスタート。
そして、2006年からは、環境 ・教育・健康医療を3本柱とする「リビエラ未来づくりプロジェクト」を立ち上げています。

日鳳: 私も同じような頃から環境保全活動を始めました。民間企業から仏門に入り、高度経済成長期の真っ只中で住職を継いだとき、これではまずいと「緑と歴史を守ろう会」を立ち上げて、地域の自然や歴史を守っていこうという運動を始めました。そして、1974年の「七夕豪雨」で崩壊した本堂と庫裏を8年がかりで再建したのに併せ、「妙泉寺宝物資料館」をつくり、歴史資料の保存と展示、そして〝森の緑〟を後世に伝える活動に取り組んできました。

原井日鳳

幼少期

原井日鳳

会社勤め時代

人の命を守りたい
だから問題に取り組む

日鳳: 2050年には海の中のプラスチックごみの重量が魚の重量を超えると試算されています。マイクロプラスチックの問題や、体内にプラスチックが入った魚を食べる人間への影響の他、頻発する異常気象の原因ともいわれる地球温暖化の背景にもプラスチックが存在しています。
レジ袋の使用を控えようと盛んにいわれていますが、日本人のプラごみ廃棄量は世界2位。一方、世界1位のアメリカでは、2030年までにリサイクル率50%を目標に定めたり、フランスでは2040年までにすべての使い捨てプラ包装をなくす目標が設けられ、2022年1月から全小売業で野菜と果物のプラ包装が禁止されています。
欧米では当たり前になった送電線の地下埋設も日本では進まず、EV(電気自動車)普及率も日本はわずか0.9%。54%のノルウェーとは大きな差があり、EUでは2035年までに完全EV化を宣言しています。
まずは日本として長期中期の指針を示し、それに向かって各企業が中期短期の目標を立て、技術革新等に向かうという、先を見据えた時間的な猶予が必要です。
このままでは環境破壊は後戻りできないレベルに進んでしまいます。最初に被害を受けるのは、虫や鳥、魚といった海や山の小さな生き物たちの命。私が環境問題に取り組んでいるのは、何よりも大切な人の命を守りたいからです。小さい命が消えていく地球では、環境破壊が、いつか人間の生命を脅かすことになります。
経済事情があって難しいからと手をこまねいている場合ではありません。大胆なイノベーションに向けて、皆で知恵を絞りたいです。

― 美しく豊かな海を守る「LOVE OCEAN」では知恵を出し合い、手を携え、協力していきたいと、海を愛する多くの人とコミュニティを広げています。

日鳳: 「リビエラSDGs作品マンガ大賞展覧会」や「LOVE OCEAN」など、掛け声だけに終わらず、人を実際の行動に導く実行力と勢いには拍手を送りたい。そして、日々の活動を長年継続されていることにも。
このごろでは、近海の藻場再生も考えられているとか?

― 魚が卵を生み育て棲み処となる「藻場」が温暖化の影響でなくなり、「磯焼け」が急速に進んでいます。脱炭素社会の実現を果たす上でも藻場再生が急務。その課題に対してリビエラが提唱しているのが「ブルーカーボンベルト構想」です。海には境目がないのだから、各地が単独で対策するのではなく、皆が手を組んでベルト状につなげていこうという発想で、まずは相模湾一帯に広げていくため、2022年11月に、日本で初めてマリーナ内での藻場再生を開始しました。日本は海に囲まれた島国。この相模湾モデルが横展開されれば、日本の沿岸すべてがブルーカーボンベルトに包まれて、遠からず豊かさを取り戻すはずです。

光長寺

光長寺

環境を守るとは地球を蘇らせること

日鳳:"共生"という聞き心地の良い言葉がありますが、私は、それはいかがなものかと思っているのです。

― 近年「共生社会」という文字をあらゆるところで見かけるようになりました。

日鳳: 環境や生命を脅かしかねないテクノロジーの産物と、共に生きることなどできません。化石燃料とも原発廃棄物とも、この先長く共にあるべきではないでしょう。いろんな理由をつけて良くないものと共生していては、今はなんとかなっても、その先は共生が続きません。小さな命に影響が出てきた今はもう"共生"という生ぬるい段階ではなく、一歩も二歩も踏み込んだ"蘇生"にシフトチェンジする勇気を持たなければ。

― 『蘇生』と名付けられたモニュメントにも関わられています。

日鳳: 東日本大震災の直後、私は、東北各地、特に宮城県の名取市を慰霊で行脚し、衝撃的な光景を目の当たりにしました。名取市は、閖上地区をはじめとして壊滅的な被害を受けた街です。友人の八木麟太郎さんという彫刻家に、慰霊のモニュメントづくりへの協力を求めました。昨年9月末に10年がかりで完成したのですが、その作品タイトルが『蘇生』。
亡くなった人を弔うだけでなく、未来に向けて「人の心も環境も蘇らせたい」との願いが込められています。
環境を守るとは、すなわち地球を蘇らせることです。そのために、まず人の心を蘇らせる。地球を蘇らせたいと願う心の持ち主が増えて、初めて自然環境が改善の方向に動きだす。"共生"ではなく"蘇生"とは、そういうことです。

名取市

モニュメント「蘇生」

法華経が説く「この世こそ浄土に」

日鳳: むろん、今を生きるには経済利益が必要ですが、個人主義で知られるフランスでも、著名な経済学者ジャック・アタリ氏が"利他"を説き、話題になりました。
これは法華経が説くところと相通じています。「諸しょほうじっそう法実相」―世の中のあらゆるものは、すべてがお互いに影響を与え合って存在している。自分という存在すら、互いの関係の中で〝生かされている存在〟であると気がつきます。また、「娑しゃばそくじゃっこう婆即寂光」―つらいこの世を美しい住処に転換するのだとも説いています。一人一人が懸命に生き、そういう人々が地面から湧き出るように「皆で手を携え」れば、この今の世界を浄土にしていけるということです。

― 自分だけでなく皆で、という点が大切なんですね。

日鳳: お釈迦様は、「八苦( 生・老・病・死・愛あ いべつりく別離苦・怨お んぞうえく憎会苦・求ぐふとくく不得苦・五ご うんじょうく蘊盛苦)がある人間世界は苦しいものだが、救いの国に変えられる」と説かれた。「誰が変えてくれるんですか?」と尋ねた弟子たちに、「それは未来に向かって世に出てくる菩薩たち(自分の幸せと他者の幸せを重ねて行動できる人)だ」と。
大変なことではありますが、われわれ皆が手を携えれば蘇生は夢ではない。今ならまだ間に合います。

渡邊家に代々伝わる
鎌倉時代の大曼荼羅

― 御前様が貫首を務めておられる光長寺と、リビエラは深い縁で結ばれています。

日鳳: 光長寺には、長い歴史の中で多数の貴重な文化財が所蔵されてきました。鎌倉時代の弘安元年(1278年)、28枚の紙を継いで、往お う時じ 、藤太夫に与えられた日蓮大聖人直筆の「二十八紙大曼荼羅」もお預かりしています。数多の難を乗り越え現存する貴重な御本尊です。
「優う ばそくとうだゆうにっちょう婆塞藤太夫日長に授く」と記されており、この日長こと藤とうだゆう太夫という優う ばそく婆塞(在家の男性信者)が、リビエラの渡邊家のご先祖。大曼荼羅のお護り役は、今日まで渡邊家に代々受け継がれています。

― 「二十八紙大曼荼羅のお里帰り」に花を添えるお稚児さんを、私も経験しました。日鳳 文安三年(1446年)に「二十八紙大曼荼羅」を光長寺がお預かりした際に「差渡置添書之事」を交わして以来、その約定を守り続け歴史をつないでいます。約20年に一度行う「二十八紙大曼荼羅の河口湖へのお里帰り」について、『妙法寺記』には厳重な警護で多数の兵馬や人々が割り当てられた様子が記されています。前回のお里帰りは、2000年5月でした。
日蓮大聖人直弟子の高僧でも授与された例がない巨大なお曼荼羅( 縦390.2㎝×横247.6㎝、宗祖御真蹟の御本尊で最大の大きさ)を、優婆塞である藤太夫さんが授けられたことの意義は格別。この人の名前を分析すると、聖人のご真意がわかるような気がします。
藤太夫の「藤」は「藤原氏一族( 日野流)」の意で、「太た ゆう夫」は「五位の官位を有する一族の長」。つまり、大切な任務を果たすべき所の人々ということ。
このお曼荼羅には「藤原一族の官位五位の長である藤太夫がリーダーとして一族や仲間たちの手本となり、皆で手を携えて頑張れ」とのメッセージが込められているのではないでしょうか?

― ここにもまた「皆で」というキーワードが出てきました。750年という年月をかけて祖先が紡いできた歴史に想いを馳せると、未来に向けて今すべきことのイメージが広がります。
大自然と共に生きる心豊かな未来のために、人の心を蘇らせ、皆で地球を蘇生するために―。

光長寺

国の有形文化財に登録されている「光長寺御宝蔵」

光長寺

本堂へと続く回廊

※「化石賞」とは、気候変動対策に対して足を引っ張った国に与えられる賞


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